国枝史郎「天主閣の音」(08) (てんしゅかくのおと)

国枝史郎「天主閣の音」(08)

     八

 香具師は微動さえしなかった。透視光の穴へ片眼をあて、じっと[#「じっと」に傍点]宗春を見詰めていた。
「アッハハハ駄目の皮だ。殿様の心が写って見える。お前さんにァ切る気はねえ。嚇すつもりだということが、ちゃあんと透視光に写っている。……え、なんですって、吉利支丹ですって? 冗談云っちゃァ不可ません。そんなものじゃァございませんよ。唐土渡来の建築術で。……ヘッヘッヘッヘッ切りましたね。プッツリ鯉口を切りましたね。そんな事にゃァ驚かねえ。余人は知らず此わっち[#「わっち」に傍点]にゃァ殿様の心は解っていやす。よしんばわっち[#「わっち」に傍点]に解らずとも、透視光の面に書いてある。大丈夫だよ、抜きゃァしねえ。……お止しなせえましそんな真似は。……が、待てよ、こいつァ不思議だ! 真黒の物が写って見える。おっ、こいつァ殿様の心だ! ううむ偖は殿様には。……アッハハハ心配無用必ず素破抜きゃァしませんからね。ははあ成程そうだったのか。そういう心があったので。それでわっち[#「わっち」に傍点]を嚇したんですね。大丈夫でげす大丈夫でげす。決して云いふらしゃァしませんよ。……尤もこいつ[#「こいつ」に傍点]を云いふらしたひにゃァ、日本国中大騒動だ。煙硝蔵が開かれる。鎧甲が櫃から出る。旗指物が空に舞う。矢弾がヒューヒュー空を飛ぶ。ワーッ、ワーッと鬨の声だ。江戸と名古屋と戦争だ! おっとドッコイ云い過ぎた! そこまで云うんじゃァ無かったっけ。……が。併しだねえ殿様、芝居は止めようじゃァございませんか。刀は鞘に納めた方がいい。お互いその方が安穏でげす。但しほんとにお切んなさるなら、わっち[#「わっち」に傍点]の方にも覚悟がある。やみやみ殺されはしませんよ。と云うのは此機械だ」
 透視光をポンと投げ出すと、布呂敷包へ手を掛けた。取り出したのは鉄製円筒、一本の管が付いていて、横手に捩が取り付けられてあった。
「即ち孔明水発火器! 捩を捻ると水が出る。が、只の水じゃァねえ。火となって燃える大変な水だあの赤壁の戦で、魏《ぎ》の曹操の水軍を焼討ちにしたのも、此機械だ! さあ切るなら切るがいい。切られた途端に捩を捻る。一瞬の間に大火事だ! 結構なお城も灰燼だ。お前さんだって黒焦げだ。家来方は云う迄もねえ、可愛いお神さんもお坊ちゃんも、無惨や無惨や白骨だ! さあ切るならお切りなせえ……考えて見りゃァ脆えものさ。人間なんていうものはね! 素晴らしいのは機械だよ! が、その機械は誰が作った? 同じ人間だから面白え。人間が考えて作った機械それが人間を殺すんだからな! そこらが矛盾というものだろう。一旦作られた其機械は、機械として精々と進歩する。そうして人間をやっつける[#「やっつける」に傍点]! [#底本では「!」の後の全角スペースなし]だがそんな事ァどうでもいい。切るか切らねえか二道だ! おい大将、どうしてくれるんだよう!」
 ノサバリ返った態度には、大丈夫の魂が備わっていた。
 尾張中納言宗春は、じっと様子を見ていたが、莞爾と笑うと刀を置いた。
「これ香具師、もっと進め」
「へい」
 と恐れず進み出た。
「よく見抜いたな、俺の心を」
「それじゃァ矢っ張り江戸に対して?」
「が、先ず夫れは云わぬとしよう。……さて、そこで頼みがある。どうだ香具師、頼まれてくれぬか」
「わっち[#「わっち」に傍点]の力で出来ますなら?」
「お前の器量を見込んで頼むのだ。お前でなければ出来ない仕事だ」
「見込まれたとあっては男冥利、ようがす、ウントコサ頼まれましょう。……で、お頼みと仰有るは?」
「うむ、他でもない、城の縄張」
「ナール、城の縄張で」
 香具師は小首をかしげたが、
「どこへお築きでございますな?」
「どこへ築いたら可いと思う?」
「成程、こいつあ尤だ。そいつから考えるのが順当だ。……壁に耳あり、喋舌っちゃァ不可ねえ。こいつァひとつ掌《てのひら》でも書きやしょう」
「おお夫れがいい。では俺も」
 二人は掌へサラサラと書いた。
「よいか」
「ようがす」
「それ是だ」
 パッと掌を見せ合った。
 さながら符節を合わせたように、二人の掌には同じ文字が、五個鮮かに記されていた。
  居附づくり
 というのであった。





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