久坂葉子「幾度目かの最期」(4) (いくどめかのさいご)

久坂葉子「幾度目かの最期」(4)

 五時間も眠ったかしら。朝、家の中でがたがた大きな音をたてるので目ざめてしまうのです。古い家屋なのでとてもひびくのよ。私は寐床の中で夢を思い出していました。レコードの針を一ぱい打ちつけたもの――そのものが何だったか忘れたけれど、それに布をかぶせておいて、暫くしてから布をとりはずし、唇を寄せて、すうっと空気をすうのです。そうすれば子供が生れる。そんなことを、S新聞社のN女史が一所懸命に私に教えてくれている夢でした。
 おかしな夢だ、など苦笑しながら、うつらうつらしてました。と、電話の鈴。私は、鉄路のほとりだろうと思いました。ところが、それは九時すぎ、会社へ行った兄からだったのです。
 ここまで書いて玄関に呼声。出てゆきました。若しや、鉄路のほとりからの速達ではないかと。ちがいました。彼からは何にも。
 今、正午のサイレンが鳴りました。昨夜っから、十時間ちかく書いているのじゃないかしら。
 さて、いよいよ、公園でのことに戻ります。小母さん。辛抱してよんで下さいとは申しません。つまらなくなれば、とばしよみでも結構、途中でやめちまって下さってもいいの。唯、私があなたあてに書こうと思ったものですから。
 さて、公園へ作曲家のぼうやを連れてゆくのに同行したのが、青白き大佐です。私は、彼に会うことをひどくいやがる気持でもありました。彼は愛情を持っていなくとも、一しょにいることさえ、鉄路のほとりに済まないような気持になっていたのですから。ぼうやをはさんで、自動車で王子公園にむかう途上、私は、二十二日の黒部行を目の前にひかえて、その日は十九日です。神経が鋭利になっていました。その時、青白き大佐がある事件を教えてくれました。彼は、昨夜の大阪駅での、鉄路のほとりとのいきさつを私に云ったのです。青白き大佐は私の居ない時、鉄路のほとりに、例の芝居の舞台稽古の話をし、研究生から反感をかわれたことを告げ、君のために、俺は代べんしてあげたんだ、と云ったのだそうです。鉄路のほとりの答えは、
「それはさぞかし劇的であったでしょうね」
 だったのだそうです。青白き大佐は大へん腹をたてていました。私は、そのことをきき、青白き大佐に腹をたてたのです。公園へはいり、ぼうやを、木馬にのせ、遊ばせてやりながら、「私の一番嫌いなことは、あなたのために、こうこうした、って云うことです」
 と云いました。そして、青白き大佐の行為を、思わしくないように云ったのです。私、ほんとに、恩にきせるようなせりふは大嫌いなんです。彼は、自分のやったことは正しいと主張しました。私、だまってしまいました。とにかく、何もかも面倒になったのです。それより、ぼうやとうんと遊んだりしました。メリーゴーランドにものりました。もう、青白き大佐には、嫌悪を抱いてました。でも、契約解消は申し出なかったのです。封筒にいれてあるんです。昨日かいた手紙と共に。でも理由や何かを説明するのが面倒だったので、どこかへあずけて置いて、それでおしまいの方が簡単だと思ったのです。その日はそれで終りました。
 その翌日、私はいかにくらしたか記憶していません。とにかく、いそがしかったようです。あ、多分、おばさんと、喋ったのが、その日だったかも知れませんね。いやそうじゃなかったかな。私は、令嬢の友人のところへ行ったのだ。そしてたのしく話をし、丁度二十一日に、キングズアームスホテルのカクテルパーティーに私招待されていましたので、令嬢をさそったのです。外人の中で、のんだりすることは、大にが手ですけれど、彼女は好きなことなんです。そうだ、その日やっぱり、おばさんのところへ行ったんだ。その夜、研究所。私は、死を思いつめてました。私の芝居をやってくれた、とても優秀な私の好きな人や、同人の人と、いつもジャンジャン横丁へ行き、私は、随分歌をうたいました。そして、自宅へもどったのです。二十日の月曜日は、昼間、私は何をしたかすっかり忘れましたが、夜は、約束のカクテルパーティーに、令嬢を伴って、出かけたものです。さてその帰り、私は、どうしても、鉄路のほとりに会いたい気になったのです。私は京都へ行こうかと思いました。ところが、ハンドバッグの中には、百円札が二枚と、十円札がわずか。今から京都へ行っても、市電はなし、かかとの高い靴をはき、シルクのいでたちだったので、まさか歩くわけにもゆきません。私は、鉄路のほとりに電報を打ちました。明日午後三時に大阪のいつもよくゆく喫茶店で会いたいと。私は、とにかく、もう一度どうしても会いたかったのです。単にそれだけ。そして会ってから、黒部へたつつもりでした。令嬢を、自動車で送り届け、私は、自宅へ。机の上などをかたづけ、お風呂にもはいり、まっさらの下着を身につけて寐ました。



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