久坂葉子「ドミノのお告げ」(3) (どみののおつげ)

久坂葉子「ドミノのお告げ」(3)

 食後私は信二郎の部屋へ行きました。勉強しているのかと思ったら、ごろんと横になって煙草をふかしております。
「勉強なさいよ。何してるの、時間が無駄よ」
「考えてるんだ、無駄じゃない」
「何を御思索ですか、紫の煙の中に何かみえるのでしょう」
 私は茶化すように申しました。
「ほっといてくれよ、うるさいね」
 信二郎はおこったような顔をし、私の方へ背中を向けました。私はその傍へすわってしばらくの間、じゅうたんの破れ目から糸をひっぱったりしておりましたが、
「あなたきょう、学校へ行かなかったのね。大学だからいいのかも知れないけれど」
 とやさしく問いました。信二郎ほだまっております。
「街であなたをみかけたの。一人じゃなかったわ。お友達とでもなかったわ」
 何か云おうとするのをさえぎって私は更に、
「何にもききたくないし、云いたくもない、でもそのことから……やっぱりバンドはよしましょう。姉様、何とかして本代ぐらい、こしらえてあげます。姉様はあなたにしかる資格はないかもしれないけれどあなたの将来を案じているの。偉そうなことを云って、って、あなたはおこるでしょうけど……」
 と云いました。
「何も姉様に対しておこらない。だけど、僕は僕勝手に生きるんだ。バンドのことはよすもよさないも駄目になっちゃったんだ」
「今日の、どこかの奥様なんでしょう。どんなお交際なの」
「どんなでもいい。どんなでもいい。姉様あっちへ行って。僕を一人にしておいて下さい」
 私は立ち上りました。そして自分の部屋へはいると急に信二郎がかわいそうになって来ました。信二郎はどんな風に生きるのか。私はやっぱり黙っているのがいいのでしょうか。信二郎は信二郎。私は私。私は私しか導くことも出来ないし、制御することも出来ないのです。寝る前に信二郎の部屋の前にもう一度何気なく来た私は、そこにすすり泣いてでもいるような気配をききました。



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