久坂葉子「ドミノのお告げ」(6) (どみののおつげ)

久坂葉子「ドミノのお告げ」(6)

 あくるあさ。
 私は、東さんの所から来た使いの人に品物を渡し、現金を受け取って父のまくら許に置き、銀器をうるために出かけました。二十三円五十銃で全部を堀川さんに買いとってもらいました。三万六千円とわずかでした。菊の御紋章入のさかずきは何故か特別光りがよいようでした。銀の肌に私の顔がうつります。はっと息をふきかけるとその顔はきえます。他愛のない仕草をくりかえしていると、堀川の主人がそれをみて笑いました。桐の箱の紫の紐が、かるくひっぱったのにぷつりときれました。きれっぱしの紐を、お金と一しょに私は大事に風呂敷にしまいこんでかえりました。家へ着くと、叔母が飛んで出て来ました。
「父様がおわるいのよ。でね、大阪の野中先生を呼んで来てほしいんですって」
 父の居間へはいると一種の臭いが致しました。喘息がひどくなると、この嫌な臭いがするのです。母は背中をさすっておりました。父の友人の野中さんは大阪で大きな病院を経営しておられる方でした。私はすぐにその方を呼びに参りました。忙しくして居られて直接お会い出来ませんでしたが、丸顔の人の好さそうな看護婦さんが、きっと今日夕方か晩伺うからとのことでした。すぐに引きかえして三時頃、おひる御飯をたべてますと、兄の病院の先生が来られました。余程、父は苦しいと見えて、母に又、神霊教の先生のところへ行って祈祷してもらってくれとも申します。病院の先生が注射をして帰られ、母が祈祷をたのみに出ました。父は注射の効果もなく喘いでおります。嗅薬をかがせました。煙が散らないように、私は両手でかこいをします。手と手の隙間より父はスースー云いながら煙を吸います。暫くしてひどい発作が終りました。晩になって、野中先生が丸顔のさっきの看護婦を連れて来られました。また注射をします。静脈のどこをさそうとしても、注射だこがかたくなってしまっており、なかなか針がはいりません。静脈に針をちかづけると、にげてしまうのです。それでもやっと二本いたしました。喘息を根治する薬はないらしく頸動脈の手術も駄目だろうと野中先生は言われました。母が御神米をいただいて帰り、それを炊いて父にのませました。九時頃になって、すっかり発作は鎮まりました。もう今晩は大丈夫だろうと言って母は兄のところへ泊まりに行きました。兄もこの間うちから少し具合が悪く付添さんにまかせているのは心配だったのです。
 その晩、私は夜中に何かしら目がさめました。こんな事はまれなことで何か胸さわぎがするので起き上って暫くじっとしておりました。隣の墓で父はよい按配に眠っている様子。信二郎の部屋をうかがうと、電気がついていて寝がえりをうっているようです。日本間を洋風に使って、信二郎だけは寝台に寝ているのでしたが、その寝がえりの度に、スプリングの音がきこえてきます。何か頭がさえて眠れないのですが、そのまま又ふとんの中に首をすくめてしまいました。



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