久坂葉子「ドミノのお告げ」(8) (どみののおつげ)

久坂葉子「ドミノのお告げ」(8)

 死の一日おいて翌日――
 それはその季節になってはじめてのよく晴れた静かな午後でした。父はお骨となりました。東さんの好意で、売れていなかった白磁の壺を葬儀の日だけ借りて来て、それを位牌の前に置きました。父の以前関係していた会社の人が多勢きて形通りのおくやみを流暢にのべてくれました。菊の花が部屋中に香り高く咲き、その中に婦人の喪服の黒さが目にしみました。兄を私の部屋にやすませて、しばらく二人だけでおりました。
「兄様、しっかりね。信二郎だってもう大きいし、兄様に何でもおたすけしますわよ。とにかく今はお体のことだけをかんがえてね。わずかな株や何かで何とか致しますから、心配なさらないでね」
「雪子に済まないよ。どうにも仕様がない。雪子に何でもたのむから、母親と力を併せてやってくれ。兄様もなるべく我儘言わないから」
 兄は弱々しくそう言いました。八卦見の言ったことは当りました。家に大事があったのです。けれども、私の生き方は変りません。私の意志、私のエゴイズム。私の自由。私はそれを押えてこれからも大きな荷物を背負います。それがつとめだと、宿命だと考ねばなりますまい。
「僕が死んだら、ショパンのフユネラルかけてね」
 兄はその時、ぽっつりそう言いました。信二郎がはいって来て、
「僕が死んだら葬式なんかせんでいい。死体をやいて、その灰を海へ捨ててくれ。パーッパーッとね。その時そうさね。高砂やでもうなるがいい」
 私は信二郎に、あちらへ行けと申しました。兄が急に苦しくなったと言い、洗面器に顔を伏せて赤いものを出しました。びっくりするくらい鮮かな赤でした。



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