久坂葉子「ドミノのお告げ」(9) (どみののおつげ)

久坂葉子「ドミノのお告げ」(9)

 また或る日。
 私たち――私と信二郎と叔母と春彦は、父の部屋の次の間で、電燈の下に集って、カードの卓をかこんでいました。もういくら夢中になっても、父の部屋から怒鳴られる心配はありません。父のたたかいは終っていました。兄のたたかいはまだつづいています。母のお祈りもつづいています。信二郎はどうしたでしょうか。いつかの夜のとき以来、信二郎はすっかり自分のからの中に閉じ寵ってしまいました。毎日うかない顔をして出かけて行っては、同じような顔をして帰って参ります。その顔の奥の方に起っていることは、窺うことが出来ません。そんなことを気にかけても仕方がないことを知りながら、私はそんないろいろなことをぼんやり気にかけながら、うっすらと生きています。結婚はいそがなくてもよいでしょう、と八卦見は申しました。十年も生きればいい方だろう、人間長命が倖せとは限らんとも申しました。でも、それは短命でもいいのです。倖せでなくてもいいのです。お荷物が重くてもいいのです。ただ人間が生きるよう生きられさえすれば――。いのちがすりへって行くのを待っているのでなく、それを燃やして、燃しつくすことが出来さえすれば――。しかしそれはこの嗅ぎ薬の匂いのこもっている、祈りのつぶやきの充ちている家の中では、恐らく無理なことなのでありましょう。
「ハート二つ」
「クラブ三つ」
 敵方は喰い下って来ます。私と組になった信二郎は、ちょっと躊躇して、私の方を窺うように見ましたが、眼をキラリと光らせて、挑戦するように叫びました。
「ハート三つ!」
「いいわ、クラブ四つよ!」
 叔母は追及して来ます。信二邸とまた眼が合いました。クラブで戦って勝てる見込みはありません。かと言ってハートを四つまでせりあげて戦えるでしょうか。信二郎の顔に追いつめられた苦悩の色がありありと現われていましたが、その顔がフッと明るいものに変りました。それは私の気持が変るのと同時でした。やりましょう姉様、踏切りが大事ですよ。とその顔は言っています。
「ハートの、四つ!」
 私は叫びました。時間の流れが停ったように思われます。果敢な賭けの世界に身を躍らせてゆくときの、白い閃光のようなものが脳裡を縫って過ぎます。信二郎の中にも同じ閃光があって、それが瞬間空中で感応し合い紫色の火花をあげるように思われます。そして。ああ、このときにだけ、私は信二郎を理解し、私はいのちを燃やしていることを自分で感ずることが出来るのです。このときにだけ――。
 その時突然、獣の叫びのような奇怪な叫び声が仏間の方で起ります。
 母が夜の行をはじめているのです。



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