世界怪談名作集04 妖物(03) (ダムドシング)
世界怪談名作集04 妖物(03)
三
検屍官はわが席を離れて、死人のそばに立った。彼は敷布《シーツ》のふちを把《と》って引きあげると、死人の全身はあらわれた。死体はすべて赤裸で、蝋燭のひかりのもとに粘土色に黄いろく見えた。しかも明らかに打撲傷による出血と認められる青黒い大きい汚点《しみ》が幾カ所も残っていた。胸とその周囲は棍棒で殴打されたように見られた。ほかに怖ろしい引っ掻き疵《きず》もあって、糸のごとく、または切れ屑のごとくに裂かれていた。
検屍官は更にテーブルのはしへ廻って、死体の頤《あご》から頭の上にかかっている絹のハンカチーフを取りはずすと、咽喉《いんこう》がどうなっているかということが露《あら》われた。陪審官のある者は好奇心にかられて、それをよく見定めようとして起《た》ちかかったのもあったが、彼らはたちまちに顔をそむけてしまった。証人のハーカーは窓をあけに行って、わずらわしげに悩みながら窓台に倚《よ》りかかっていた。死人の頸《くび》にハンカチーフを置いて、検屍官は部屋の隅へ行った。彼はそこに積んである着物のきれはしをいちいちに取り上げて検査すると、それはずたずたに引き裂かれて、乾いた血のために固くなっていた。陪審官はそれに興味を持たないらしく、近寄って綿密に検査しようともしなかった。彼らは先刻すでにそれを見ているからである。彼らにとって新しいのは、ハーカーの証言だけであった。
「皆さん」と、検屍官は言った。「わたくしの考えるところでは、最早《もはや》ほかに証拠はあるまいと思われます。あなたがたの職責はすでに証明した通りであるから、この上に質問するようなことがなければ、外へ出てこの評決をお考えください」
陪審長が起ちあがった。粗末な服を着た、六十ぐらいの、髯《ひげ》の生えた背丈《せい》の高い男であった。
「検屍官どのに一言おたずね申したいと思います」と、彼は言った。「その証人は近ごろどこの精神病院から抜け出して来たのですか」
「ハーカー君」と、検屍官は重《おも》おもしく、しかもおだやかに言った。「あなたは近ごろどこの精神病院を抜け出して来たのですか」
ハーカーは烈火のごとくになったが、しかしなんにも言わなかった。もちろん、本気で訊《き》くつもりでもないので、七人の陪審官はそのままに列をなして、小屋の外へ出て行ってしまった。検屍官とハーカーと、死人とがあとに残された。
「あなたは私を侮辱するのですか」と、ハーカーは言った。「私はもう勝手に帰ります」
「よろしい」
ハーカーは行こうとして、戸の掛け金に手をかけながら、また立ちどまった。彼が職業上の習慣は、自己の威厳を保つという心持ちよりも強かったのである。彼は振り返って言った。
「あなたが持っている書物は、モルガンの日記だと思います。あなたはそれに多大の興味を有していられるようで、わたしが証言を陳述している間にも読んでいられました。わたしにもちょっと見せていただけないでしょうか。おそらく世間の人びともそれを知りたいと思うでしょうから……」
「いや、この書物にはこの事件に関するなんの形をもとどめていません」と、検屍官はそれを上衣《うわぎ》のポケットに滑《すべ》り込ませた。「これにある記事はみんな本人の死ぬ前に書いたものです」
ハーカーが出て行ったあとへ、陪審官らは再びはいって来て、テーブルのまわりに立った。そのテーブルの上には、かの掩《おお》われたる死体が、敷布《シーツ》の下に行儀よく置かれてあった。陪審長は胸のポケットから鉛筆と紙きれを把《と》り出して、念入りに次の評決文を書くと、他の人びともみな念を入れて署名した。
――われわれ陪審官はこの死体はマウンテン・ライオン(豹の一種)の手に因《よ》って殺されたるものと認む。但《ただ》し、われわれのある者は、死者が癲癇《てんかん》あるいは痙攣のごとき疾病を有するものと思考し、一同も同感なり。
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